善一田古墳群は、乙金山の西側裾部に位置する古墳時代後期~終末期(6世紀~7世紀)の群集墳である。約30基の円墳と11基の土坑墓で構成され、出土遺物から金属器生産や朝鮮半島との交流に関わった人々と関係が深いことがわかる。古墳群の中の18号墳は、同時期の福岡平野の中でも最大級の円墳の一つと位置付けられ、この時期の御笠川中流域を治めていた首長の墓の一つと考えられる。古墳群には複数の支群があり、支群間で立地や規模、副葬品の内容に差が認められることから、地域の人々の階層性をよく知ることのできる群集墳としても注目される。