八女市は、福岡県南東部に位置し、矢部川中流域にかけて扇状地の平野部が広がる。八女市中心市街地である八女福島は、天正15年(1587)に筑紫広門が福島城を築いた後、慶長6年(1601)には田中吉政が城を改修し城下町として発展した。元和7年(1621)に田中家が廃絶した後、久留米藩有馬氏の支配下となり、福島城は廃城となったが、往還道路沿いの町人地はその後も交通の要衝の地として、また経済の中心地として発展する 旧往還道路沿いの両側には町家が軒を連ね、短冊型の敷地の背後に中庭、離れ座敷、土蔵等を配置する。福島の町家建築の特徴は、「居蔵(いぐら)」と呼ばれる妻入入母屋大壁造りを基本とする土蔵造りで、江戸時代以来しばしば大火に見舞われたことから、江戸末期から明治にかけて建てられた。これら商家の町並みは、江戸時代以来の町割りを良く残し、特徴ある歴史的景観を今に伝えている。