須佐能袁神社は旧街道沿いの草野東部に位置する。建久8年(1197)に竹井城主草野永平が勧請したとされ、素戔鳴尊を祭神とし、草野町の氏神として尊崇されている。現在の社殿は、氏子の寄進によって再建されたもので、明治14年(1881)に起工、同19年(1886)に完成した楼門、拝殿、本殿が軸線を揃えて建ち並ぶ。楼門は、三間一戸、入母屋造、本瓦葺、組物は腰組とも三手先出組を用い、上層は二軒扇垂木とする。拝殿は、桁行三間、梁間三間、入母屋造、檜皮葺、正面に千鳥破風をつけ、向拝には向唐破風がつく。拝殿背後に桁行三間、梁間一間の幣殿が続き、その屋根が本殿正面まで伸びるなど、権現造に似た屋根構成をもつ。本殿は、桁行三間、梁間三間、入母屋造、檜皮葺、正面一間通りを吹き放しとする。随所に施された精緻な彫刻は見事で、大川榎津の村石繁太郎の作とされる。