寛元寺(筑後市西牟田)に伝わる文書群で、正治3年(1201)「前宮内録惟宗某等五名連署寄進状」から慶長13年(1608)「田中吉政寄進状」までの計22通(1通は紙背文書)からなる。寛元寺は、当地の地頭職を有した西牟田弥次郎家綱(入道行西)によって寛元元年(1243)に建立されたと伝えられる臨済宗の寺院である。本文書は、寛元寺領に関する西牟田氏の寄進状等が中心である(寄進状9通、免田注文1通、領家政所下文2通、田地沽却状2通、裁許状1通、施行状11通、永代預ヶ状1通)。このうち正和4年(1315)「宇都宮頼房施行状」は頼房が筑後守護として発給した唯一の現存文書である。その他、「征西将軍宮令旨」、「九州探題渋川満頼」、「正親町天皇綸旨写」等、鎌倉時代から江戸時代初期に至る一連の史料が残る。西遷御家人として最も早期に九州に下向した氏族の一つである西牟田氏と寛元寺の歴史を知る上で重要な文書群である。