延宝6年(1678)から代々秋月藩領下座郡小田組の大庄屋を務めた桑野家に伝来した文書群3721点である。秋月藩は領内を10~20村の区域(組)に分け、組ごとにこれを統括する大庄屋を置いて、大庄屋の居住する村の名をもって組の名とした。江戸時代中期以降の史料が大部分を占め、特に文化期(1804~1818)以降が多い。内容は、法令、土地、貢租をはじめ多岐にわたる。桑野家は一時期栗田組の大庄屋に配置替えとなっていたため、管轄区域における連続性に乏しい部分や大庄屋を務めていなかった天保期(1830~1844)の史料を欠くが、「下作米大豆取立帳」をはじめとする経営に関する史料は文化期以降近代に至るまでほぼ毎年の帳簿が残されている。散逸が著しい大庄屋史料では質・量ともに豊富で、秋月藩の村方支配を知る史料として価値が高い。