神功皇后三韓征伐帰朝の際に、海上の風波が激しかったが、船は無事筑後葦原の津に着くことができた。その際に、船より白鷺が飛び立って樟にとまった。皇后は、その場所に、武内宿弥に命じて社を建立し、その折の海上指揮を担っていた磯良丸を初代神主に任じたと云い伝えられている。今日まで海上交通の守護神として有名な風浪神社とそこに所在する樟の由緒である。この樟の規模は、胸高周囲9.0m、根回り21.0m、樹高16.2m、枝張り東10.5m、西11.0m、南11.0m、北13.5mであり、地上2.5mの所から2本に分幹し、横に張った樹形は見事なものである。