重要文化財 美術工芸品

キハ四二〇五五号気動車(キハ〇七形四一号気動車) 昭和十二年、日本車輛製造株式

よみがな/きは42055ごうきどうしゃ(きは07けい41ごうきどうしゃ) しょうわ12ねん、にほんしゃりょうせいぞうかぶしき
時代/昭和
所在地/北九州市門司区清滝2-3-29 九州鉄道記念館
【指定年月日】
令和4年3月22日

本車輌は、鉄道省が発注し、昭和10~12年(1935~1937)にかけ、キハ42000形式として合計62両が製造された旅客用の機械式気動車のうちの1両である。
戦前は大阪府の宮原機関区、戦後は名古屋や高岡機関区等に所属したのち、昭和32年(1957)に大分県豊後森機関区に転属し、宮原(みやのはる)線にて昭和44年(1969)まで使用された。この間、昭和27年(1952)に機関をガソリンからディーゼルに換装した。全長19mの半鋼製車輌で、当初の定員は120名であった。昭和戦前期の流行であった流線型車体の本車輌は、車体や内装の多くに製造時の姿をとどめ、昭和初期の旅客車の現存例として重要である。なかでも機械式の変速装置が残される唯一の同形車輌として注目される。車体の大型化と軽量化、ガソリン機関の出力向上と運行速度の高速化、車輌の国産化と標準化を達成したキハ42000形気動車として、我が国の気動車の技術発達史を俯瞰するうえで貴重であり、鉄道史、社会・経済史、科学技術史上に重要である。

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