19世紀前半、伊能忠敬(1745~1818)率いる測量隊は10次にわたる全国測量を行い、精度の高い日本地図を作製した。地図は最終的に忠敬没後の文政4年(1821)に「大日本沿海輿地(よち)全図」として完成し、幕府に献上された。本図は、「実測輿地図」と当初の題簽をもつ最終版伊能図(小図、縮尺1/432,000)で、3鋪で日本全体をあらわす。最終版伊能図の小図は、昌平坂学問所伝来の地図(東京国立博物館蔵、重要文化財)に次ぎ2例目となる。本図は針孔、白径(圧痕による下書線)を有し丁寧な描写態度がみられ、地名や地物が旧昌平坂学問所本とほぼ一致することから、文政4年(1821)頃に作製され、大名家か幕閣に献上された地図と推測される。類例稀な「大日本沿海輿地全図」(小図)として測量史、地図史上に重要である。